社長ブログ

2016-10

リーダーシップは誰のものか

先日、福井でリーダーシップの研修を行いました。

私が長年、研修事業に携わっていていつも難しいと思うテーマがリーダーシップなのです。なぜかというと、リーダーシップには正解がないからです。

私はもともと大学院でリーダーシップに関する研究をしていたのですが、リーダーシップには様々な理論があり、研究の歴史の中でもその焦点の当てられ方が変わってきています。企業の研修の中で、そんなアカデミックなことをやっても、全く面白くないですし、アカデミックな研修を受けてもリーダーシップが身につくとは到底思えません。また参加者の業種・年齢・性別・性格によって、リーダーシップのとらえ方も違います。

私はある程度事前準備はするものの、参加者を見てから研修の進め方や目線の高さを考えて研修をするようにしています。リーダーシップは講師から押し付けられるものではなく、自ら自分のことに気づき自ら開発するのが基本だと思います。先日の研修ではマネジメントとリーダーシップの違いを知らない人が大半でしたので、その違いについて議論したり、リーダーシップとビジョンについて考えたり、自分のリーダーシップについて内省していただく時間を多めにとるようにしました。研修後のアンケートを拝見すると、皆さま多くの気づきがあったようで、自分のリーダーシップのあり方について考える良い1日になったと思います。

「リーダーシップは誰のものか」それは自分のものであり、人から押し付けられるものではなく、自分で開発するものであると思います。人のリーダーシップに頼ることもあると思いますが、リーダーシップは誰もが発揮することが出来ますし、そうでなければならない時代になっていると思います。

電通の過労死事件

大手広告代理店の電通で新入社員だった女性の過労自殺が労災認定されたニュースが報じられました。

電通ではこれが初めてではなく、過去にも同じ問題が起こっていました。いわゆる1991年に起こった「電通事件」として有名です。電通のような大企業でも過去の悲しい経験が活かされないのは、本当に残念です。亡くなられた方の母親のお話の中に「いのちより大切な仕事はありません」という一文がありましたが、まさにその通りだと思います。会社に誠心誠意を尽くして働いても、命を失ってしまうと結局何も残るものはありません。そんな私も過去は超がつく仕事人間であり、日付が変わるまで働くことも多々ありました。ただ、そのような生活をしていて気づいたのですが、私たちの健康(身体的な健康と精神的な健康)は会社は守ってくれないということです。自分のことは自分で守るしかありませんので、いかに自分自身をマネジメントするかが重要です。これは私の持論ですが、自分のことをマネジメントできない人は結局は仕事もマネジメントは出来ないと思っています。

私は仕事や大学院の仲間など付き合いの幅もとても広いのですが、色々な人とお付き合いをしているとたまに疑問に思うことがあります。それは「仕事を言い訳にすれば全てが許される」という考え方です。何か月も前から約束していたことが直前にキャンセルになることがあり、「急な仕事が入ったから」と言われると、こちらもどうしようもありません。一回や二回くらいなら構わないのですが、これが常態化するとどうもその人の仕事のやり方に疑問を感じざるを得ないのです。何か月も前に約束をするということは他のメンバーもそれに合わせて仕事の段取りを組み、全てを調整してきているわけですので、やはり他のメンバーからもそのような目で見られてしまい、キャンセルを常態化する本人にとっても良くないと思います。ただし、本当にそれくらい大変な仕事であるならば、やはり会社に問題があるのでしょう。

私は専門家ではないのですが、たまにリスクマネジメントやハラスメントなどの研修を依頼されることがあります。これらのテーマは弁護士や社労士などの専門家にお願いしたほうが良いのではないかとお伝えするのですが、コンプライアンス・パワハラ・セクハラ・メンタルヘルス・リスクマネジメントなどを浅く広く取り上げた研修をする場合は、専門家が多岐にまたがってしまうことと、企業で様々な経験をした方のほうが良いということでご依頼頂くようです。私はそのような研修で必ずお伝えするのですが、自分の仕事のキャパシティには限界がありますので、限界を超え続けて仕事をしていると必ずいつか自分に返ってきます。我慢をせずに無理なことは無理だと言えることも重要ですし、ただ無理だと言うだけでは単なるわがままで終わってしまいますので、無理であるならば、限界を超えてしまっている仕事をどのように取り扱えば良いのかという提案まで出来ることが望ましいと思います。

と色々と書きながら、自分に言い聞かせてます。

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